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秋葉信仰

寛永2年(1625年)蘆月厳秀(ろげつげんしゅう)が住持の時、 遠州大登山秋葉寺で内部対立が生じ、厳秀派は曹洞宗の可睡斎に、反対派は当山派修験道の二諦坊に助力を仰ぎ、寺社奉行の裁定を受けた。徳川家康の判物を厳秀派が所持していたことにより、厳秀派の勝訴となり秋葉寺は曹洞宗に帰属し、可睡斎の末寺となった貞..
update:2009年09月10日
【人生の教訓】
・お互い友人だといっても、それを信じるのは愚か者。この名ほど世間にありふれたものはなく、その実ほど天下にまれなものはない。 byラ・フォンテーヌ